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館林を、文化を楽しむ大人がいる街へ
銀豆珈琲から始まった「藤牧義夫」を知る小さな企画!

6月29日、いつもの場所「銀豆珈琲」で、一つの出会いがありました。
数秘術・クリアリングを使って使命を読み解き、人生を動かす専門家・多々喜千種さんから、フィットネスインストラクターの武井映理子さんをご紹介いただきました。
最初の相談内容は、エアロビやバランスコーディネーションを軸に、これから新しい活動をしていきたいというもの。
ところが、雑談をしていく中で、思いがけない名前が出てきました。
藤牧義夫。
武井さんの大叔父、つまりお祖母さまの弟にあたる方が、館林出身の版画家・藤牧義夫だったのです。
正直に言えば、私自身もその名前を深く知っていたわけではありませんでした。
しかし調べてみると、藤牧義夫は1911年に館林で生まれ、1930年代に創作版画の分野で活動した木版画家。16歳で上京し、独学で木版画を学び、わずか5年足らずの制作期間で独自の世界を築いた人物でした。1935年、24歳で消息を絶ち、後に「幻の版画家」として再評価されています。群馬県立館林美術館でも回顧展が開催され、館林市でも生誕110周年記念特別展「藤牧義夫と館林」が行われています。
さらに館林市内には、藤牧義夫ゆかりの碑もあります。館林城千貫門跡の碑には、若き藤牧が描いた作品が使われていると紹介されています。
「館林に、こんな人がいたのか」
そう思いました。
そして同時に、こうも思いました。
では、館林の人たちは、どれくらい藤牧義夫を知っているのだろうか。
武井さんのお父さまは写真家で、藤牧義夫の作品を美しくパネル化し、ご自宅で大切に保存されているとのことでした。
それを聞いた瞬間、銀豆珈琲の松嶋マスターに思わず言いました。
「写真があるなら、ここで飾って藤牧義夫を知ってもらいましょう」
マスターもすぐに、
「それ、面白いですね」
と乗ってくれました。
大きな美術館での展示も大切です。
しかし、街の人がふらっと珈琲を飲みに来た場所で、
「この人、館林の人なんだ」
「こんな作品を残した人がいたんだ」
と知ることにも、大きな意味があります。
メディアトーキングとして、館林を「文化を楽しめる大人がいる街」にしていきたいと考えています。
キューバ音楽、フラメンコ、南アフリカの少年少女合唱団、将来的には薪能、落語、無声映画、ジャズ。
そんな構想を描いていましたが、その第一歩は、思いがけず銀豆珈琲のテーブルから始まりました。
文化とは、特別な人だけのものではありません。
誰かの会話から始まり、
誰かの記憶につながり、
誰かが「面白い」と言って動き出す。
その積み重ねが、街の文化になっていくのだと思います。
館林には、まだ掘り起こされていない物語があります。
藤牧義夫を知ることは、館林の過去を知ることです。
そして、その価値を今の街にもう一度つなぎ直すことでもあります。
銀豆珈琲から始まる、小さな文化企画。
まずは、ここから。
館林を、子どもが憧れる大人のいる街へ。