館林に「能」が響く意味――文化都市・館林へ、新たな構想が動き始める!
メディアトーキングでは以前から、「館林を文化都市にしたい」という思いのもと、さまざまな文化事業の可能性を探っています。
ジャズ、落語、無声映画、フラメンコ、そして将来的には薪能――。
単発のイベントを開催して終わるのではなく、館林という街そのものに「文化を楽しむ空気」をつくっていきたい。
その構想を考える中で、今回、大きな可能性を感じる出会いがありました。
能楽体験プログラム実行委員会の久保田寿美子さんからご紹介いただき、シテ方宝生流能楽師・亀井雄二さんを交えて、能楽を核とした文化事業について意見交換する機会をいただきました。
参加者は
シテ方宝生流能楽師・亀井雄二さん
能楽体験プログラム実行委員会の久保田寿美子さん
金井染工株式会社の金井孝史社長
「能」は、館林を文化都市にするための大きな柱になるかもしれない
以前からメディアトーキングでは、館林で本格的な「薪能」を実現できないだろうかと考えてきました。
ただし、いきなり大規模な能公演を開催するのではありません。
まずは能を知ってもらう。
そして、能をこれまでとは違った角度から見てもらう。
今回の話し合いでも、能の所作に見られる「身体の軸」に着目し、接骨院や整体、スポーツ、ダンスなどと組み合わせた体験企画や、能独特の「声」に注目し、声楽家やボイストレーナーなど異分野の専門家と組み合わせる構想が出ました。
「伝統芸能だから観てください」では、これまで能に触れてこなかった人には届かないかもしれません。
だったら、
身体から能に入ってもいい。
声から入ってもいい。
歴史から入ってもいい。
入口を増やすことで、能を「難しそうな伝統芸能」から「ちょっと体験してみたい文化」へ変えていけるのではないか。
そんな話で盛り上がりました。
そして飛び出した「爆弾情報」
話をしている中で、個人的に一番驚いたのが、
「徳川綱吉公は宝生流をひいきにしていた」
という話でした。
これは面白い!
館林と徳川綱吉公との関係はよく知られています。
綱吉公は五代将軍になる以前、約20年間にわたり館林城主でした。
そして今回調べてみると、綱吉公と能の関係は想像以上に深いものでした。
独立行政法人日本芸術文化振興会の「文化デジタルライブラリー」では、綱吉は将軍就任以前から能に非常に熱心で、自ら舞うだけでなく、能役者を取り立てるなど、当時の能楽界そのものに大きな影響を与えた人物として紹介されています。
さらに公益社団法人宝生会は、宝生流について、
五代将軍・徳川綱吉の贔屓を受け、流勢を拡大した
と、その歴史を紹介しています。
別の資料ではさらに興味深い記述があります。
綱吉は館林時代に宝生流をたしなんでいたとされています。
これを知った瞬間、
「だったら館林で宝生流の能をやることには、ちゃんと意味があるじゃないか!」
と思いました。
「館林で能をやる」から「館林だから能をやる」へ
これは大きな違いです。
全国どこの街でもできる文化イベントとして能を招聘するのではありません。
館林城主だった徳川綱吉公。
その綱吉公が愛好した能。
そして、ひいきにした宝生流。
その歴史を現代につなぎ直し、
館林に再び宝生流の能が響く。
そう考えると、一つの物語になります。
文化事業には「なぜ、この街でやるのか」という理由が必要だと思っています。
今回、その理由の一つが見つかった気がしました。
子どもたちが能に触れる街へ
もちろん、プロの能を一度上演して終わりにはしたくありません。
今回の話では、子どもたちを巻き込む構想についても具体的な意見が出ました。
本公演の数カ月前から子どもたちが能の「運び」などを学び、最終的には舞台に参加する。実際に他地域では、「鞍馬天狗」などで地元の子どもたちを舞台に参加させる取り組みも行われているそうです。
子どもが参加すれば、親が来る。
祖父母も来る。
友達も来る。
そうやって文化が一部の愛好家だけのものではなく、街の中へ広がっていく。
メディアトーキングが掲げている、
「子供が憧れる大人がいる街」
という文化事業のコンセプトとも、能は非常に相性がいいと感じています。
最終的には「館林の薪能」へ
まだ構想段階です。
会場はどうするのか。
誰と組むのか。
行政や企業とどう連携するのか。
資金をどうつくるのか。
考えなければならないことは山ほどあります。
文右衛門ホールでのワークショップや公演、初心者でも入りやすい「夜能」のような企画、子どもたちの能楽体験など、今回の話し合いから具体的なアイデアもいくつも生まれました。
一つずつ実績を積み上げ、その先に目指したいものがあります。
館林での薪能です。
しかも単に有名な能楽師を呼んで公演するだけではなく、館林の歴史、里沼、城下町としての風景、徳川綱吉公という地域資源まで含めて、一つの文化事業にしていきたい。
館林には、まだ掘り起こされていない物語がたくさんあります。
徳川綱吉公と宝生流の関係も、その一つでした。
「館林で能をやったら面白い」から、
「館林だからこそ、宝生流の能をやる意味がある」へ。
今回の出会いで、構想が一段階進んだ気がします。
館林に、再び能が響く日を目指して。
メディアトーキングとして、人と人をつなぎながら、この構想を少しずつ形にしていきたいと思います。