Column

小説を書くきっかけになった「尾島ねぷた祭り」へ

小説を書くきっかけになった「尾島ねぷた祭り」へ

8月15日、太田市尾島地域で行われた「尾島ねぷた祭り」に行ってきました。

実はこの祭り、私にとって単に「一度見てみたかった祭り」ではありません。

現在書いている小説へとつながる、ひとつの大きなきっかけになった祭りでもあります。

この日の館林は雨。

前日の14日は雨で祭りが中止になったこともあり、「今日もさすがに中止かな……」と思っていました。

それでも、

「とりあえず行ってみよう」

と車を走らせました。

ところが不思議なことに、尾島の手前までは雨が降っていたのに、尾島地域に入ると雨が降っていない。

「えっ、本当に?」

と思うくらいの出来事でした。

祭りを楽しみにしていた人、準備をしてきた人、運営に携わってきた人。

そんな皆さんの「なんとか開催したい」という祈りが通じたのではないか——。

そう思いたくなるような夜でした。


初めて目の前で見た「ねぷた」の迫力


尾島ねぷた祭りを見るのは、今回が初めて。

実際に目の前で見ると、その迫力は想像以上でした。

夕闇の中に浮かび上がる巨大なねぷた。

鮮烈な色彩。

腹に響いてくる太鼓の音。

笛の音、人の掛け声、沿道を埋める観客。

写真や映像で見るのとは、まったく違います。

ねぷたそのものを見るというより、その場にいる人たちがつくり出す熱気を含めて「祭り」なんだと思いました。

久しぶりに、

「ああ、祭りに来たな」

という感覚を味わった気がします。


なぜ、青森の「ねぷた」が群馬県太田市の尾島にあるのか


そして私が、この祭りに強く惹かれた理由がもうひとつあります。

それが、現在私が書いている物語につながる歴史です。

群馬県太田市の尾島地域と、遠く離れた青森県弘前。

一見すると何の関係もなさそうな二つの地域ですが、その間には歴史によって生まれたつながりがあります。

私が興味を持ったのは、その歴史の中に登場する津軽信枚、大谷隆昌、そして大舘御前(辰姫)という人々でした。

歴史を調べていくと、一つの出来事から次の出来事へ、人から人へ、土地から土地へとつながっていく。

そして、

「なぜ、この土地にこの祭りがあるんだろう?」

という素朴な疑問から、400年以上前を舞台とした物語へとつながっていきました。

地域に残された歴史は、知識として残っているだけではありません。

祭りになり、寺や墓になり、地名になり、伝承になり、今を生きる人たちの営みの中に残っている。

今回、実際に尾島ねぷた祭りを見て、そのことを改めて実感しました。


いつか「大舘御前」のねぷたを


会場には、さまざまな題材を描いた迫力あるねぷたが登場していました。

そんな中で、個人的に少しだけ残念だったことがあります。

大舘御前を題材にしたねぷたがなかったこと。

もちろん、これは現在その人物を題材に小説を書いている私だからこその思いです。

でも、ねぷたを眺めながら、ひとつの夢が浮かびました。

いつか——

大谷隆昌。津軽信枚。
そして大舘御前。

この人たちを題材にしたねぷたが、尾島の夜を進む姿を見てみたい。

現在書いている小説が、その小さなきっかけのひとつになったら面白い。

物語を書いて終わりではなく、物語から地域の歴史に興味を持つ人が生まれ、実際にその土地を訪れる人が生まれ、さらに新しい祭りや文化へとつながっていく。

そんなことができたら、これほど嬉しいことはありません。


物語が、もう一度地域の歴史を動かす


考えてみれば、私が小説を書き始めたのも、こうした地域に残された歴史との出会いからでした。

歴史を調べ、人に会い、土地を歩いていると、

「こんな面白い話が、なぜもっと知られていないんだろう?」

と思うことがあります。

そして、それを単に歴史として紹介するだけではなく、物語として現代に蘇らせることができないかと考えるようになりました。

今回の尾島ねぷた祭りを見ながら、その思いはさらに強くなりました。

歴史から祭りが生まれる。

祭りから人が歴史を知る。

そして、その歴史から新しい物語が生まれる。

その物語が、いつの日か再び祭りへ戻ってくる。

もし私が書いている物語がその循環の一部になり、いつか尾島の夜に「大舘御前」の巨大なねぷたが灯る日が来たら——。

その時はきっと、今回とはまた違った気持ちで、この祭りを見上げることになると思います。

そんな未来を少し想像しながら、久しぶりに「祭り」というものを心から楽しんだ夜でした。