「無です。」——500匹の魚が教えてくれた職人の境地。

「無です。」——500匹の魚が教えてくれた職人の境地。
「魚をさばくところ、見てもいいですか?」
そうお願いすると、瀧澤代表はいつも通りの表情で包丁を握りました。
長崎県産の真アジ。
包丁が魚に吸い込まれるように入り、無駄のない動きで三枚におろされていく。
見ているこちらは「すごい」としか言葉が出ません。
でも、本人にとっては特別なことではない。
聞けば、多い時には一日に500匹もの魚をさばいたことがあるそうです。
思わず聞いてみました。
「500匹以上さばいている時って、どんなことを考えているんですか?」
少し間を置いて返ってきた答えは、
「それは……無です。」
思わず二人で笑ってしまいました。
でも、その一言が妙に印象に残っています。
職人は派手な技術を語らない。
繰り返し、繰り返し、魚と向き合い続ける。
その積み重ねが、いつしか考えなくても体が動く領域へと連れていく。
「無」という言葉の裏には、何千、何万匹という魚と向き合ってきた時間があるのだと思いました。
私たちは完成した料理だけを見ています。
けれど、その一皿の裏側には、毎朝市場へ足を運び、魚を見極め、一本一本包丁を入れる人がいる。
メディアトーキングが伝えたいのは、まさにそこです。
料理だけではなく、その料理を支える「人」の物語。
魚屋三代として受け継がれてきた技術と、積み重ねてきた時間。
その背景を知ると、一貫のお寿司の味わいも、きっと少し変わって感じられるはずです。
この「それは……無です。」というやり取りは、とても人間味があって印象的でした。
職人の世界は、特別な才能だけでできているわけではありません。
途方もない数の「当たり前」を積み重ねた先にあるもの。
今回の取材で、私はその"職人の境地"を少しだけ垣間見た気がしました。
