Column

メディアトーキング物語 第3回

連載:会話から価値を生む仕掛け人

第3回 何かデカいことをしたい。場当たり的人生が、“飛び込み力”と“文章の土台”をつくった

―― メディアトーキング代表・山元将永

若かった頃の私は、「何をしたいのか分からない」という宙ぶらりんの状態で過ごしながらも、心のどこかで「何かデカいことをしたい」と焦りと野心を抱えていました。そんな場当たり的人生の中で身についた“飛び込み力”と“文章の土台”について綴る回です。



ふわふわと宙に浮いた大学時代

大学時代の私は、まだ自分が何をしたいのか分からず、ふわふわと宙に浮いたような時間を過ごしていました。
ただ一つだけ、自分に胸を張って言えることがありました。


とにかく本が好きだった。


歴史の本、自伝、人物評伝──とにかく人の生き方が知りたくて、時間があれば本を読み、映画を観ていました。
“人生を読む”ことそのものが好きだったのです。

そして今振り返ると、この習慣こそが後に新聞記者としての文章力の土台になりました。



文章を書くことに抵抗がない
相手の話を“読むように”理解する癖
人の人生に関心を持つ姿勢



これらすべてが、私を自然と「記者」という職業へ向かわせていたのだと思います。
焦りと野心

「何かデカいことをしたい」という焦りと野心


しかし当時の私は、そんなことには気づきませんでした。むしろ心に渦巻いていたのは、漠然とした焦りと野心でした。



「何かデカいことをしたい」
けれど、その“デカいこと”が何なのかは分からない。



若い頃の私は、そんな歯がゆさを抱えていました。


-- アメリカへ行きたい --

突然「アメリカへ行きたい」と思い立つ



そんな中ある日、スイッチが入ったように「アメリカに行きたい!」と思い立ちます。



理由は……ウェスタンブーツへの憧れ(笑)。
ブーツ職人になれたらカッコいい。アメリカに渡れば新しい人生が開けるのではないか──

今思えば本気なのか冗談なのか分からない衝動ですが、当時の私は真剣でした。


-- 場当たり的大学院進学 --

気づけば大学院へ──場当たり的人生は続く

それと同じ“場当たり的な流れ”で、私は大学院に進むことになります。
実力があったわけではなく、教授にうまく気に入られた結果でした。

しかしこの経験で身についたのは、
「人の懐に自然に入っていく力」
だったと思います。

これは後に、社長や経営者の本音を引き出す力になります。

-- 記者を目指す --

「物語を記録したい」新聞記者への憧れ

大学院で勉強を続ける中、私は新聞記者になりたいと思うようになります。

きっかけは、地元・都城の古老たちの話をまとめた一冊の本でした。
 
  「都城の庄内地方に住む”山元家”は徳川の隠密だった」(なぜ群馬で働くことになったのか?という”縁”にもつながった・・・)
 ホントかうそか分からない歴史の話が書かれており、
 それが事実ではないとしても、このような逸話?!を古老が語ったおかげ?!で情報として私に入ってきた・・・

「語られなければ消えてしまう人生がある」
「誰かが記録しないと、歴史は残らない」


この思いに胸を打たれ、“物語を記録する仕事”に心が惹かれていきました。

しかし、長崎新聞・佐賀新聞・熊本新聞……
受けた新聞社はすべて不合格。
人生は、思ったようには進みません。

-- ログハウスへ飛び込み --

「ログハウスを作りたい!」勢いで群馬へ

そんなとき、再び人生が大きく動きます。
「ログハウスを作りたい!」という突拍子もない衝動。



ログハウスの本を買ってきて、その中で一番気に入った会社に直接電話し、寝袋ひとつで群馬へ。
若さゆえの勢いと愚かさが混じったような行動でした。



右も左も分からない土地。知り合いもいない。
休日は誰とも話さないまま一日が終わる──そんな日々が続きました。



ファミレスで「おひとりですか?」と聞かれ、
「はい」と答えた瞬間、



「あ、久しぶりに声を出したな」


と思ったことを今でも覚えています。

しかし、この経験が私に教えてくれたことがあります。


きっかけを作るのは常に自分
話しかけなければ何も始まらない
飛び込む勇気があれば人生は動く
図太さが身についた


ログハウスの仕事自体は、上司とうまくいかずクビ同然で辞めることになりました。
しかし今ははっきり言えます。



あの場当たり的人生は、すべてメディアトーキングの“下地”だった。


飛び込む勇気
初対面で距離を縮める力
図太さ
人を観察する力(読書・映画で養われた)
人生の物語を読み取る姿勢



これらすべてが、今の「会う・話すで価値を生む」仕事につながっています。

ーー閑話休題ーー
都城の古老の話から・・

「山元家は徳川の隠密だった・・・」

そういう話を興味深いと思いつつ、???だったが、群馬県で働くことになって、改めて「縁」を感じることになったという話だが・・・

私は「会う人、行くところ」全て何かしらの「縁」があって出会うものだと思っている。

九州の田舎から関東平野という大都会!?(宮崎生まれの私としたら関東というだけで大都会に赴くという感じだった!)

の群馬県に行くのはやっぱり何か縁があるのだろうという気持ちがあった。

群馬に来てすぐに、いろいろと群馬めぐりをしていた時に、群馬県の尾島というところに「世良田東照宮」という徳川家にとっては重要な場

所があることがわかった。「徳川家光が日光東照宮の造り替えを実施したときに、旧社殿を移築させたもの。拝殿、唐門、本殿が国の重要文

化財に指定されている。また日本一大きい鐵灯籠も国の重要文化財に指定されている。ウィキ引用」

要は群馬県の尾島町というところは「徳川発祥の地」として知られていたところだった。

宮崎県都城市というとバリバリの薩摩藩の領地で、幕末好きな私にとって「群馬県」は薩摩🟰官軍に対して、群馬🟰賊軍という認識!

薩摩っぽが賊軍の地に乗り込むという気持ちも少しはあった!(時代錯誤だけど!!)

古老の話・・・徳川の隠密・・・徳川家との縁・・・

偶然だよなと思いつつ、新聞記者になってからまたまたその縁を感じることが起こる・・・

それはまた別な機会に・・・


-- 次回予告 --

第4回 「一人旅で気づいた、人と地域の本質。『ちょっとした親切』が価値になる理由」

ここから物語はさらに深まっていきます。