料理には、その人の人生が出るのかもしれない。
銀豆珈琲の夜食と、じゅんちゃんの「優しい味」の話。

料理には、その人の人生が出るのかもしれない。 銀豆珈琲の夜食と、じゅんちゃんの「優しい味」の話。
銀豆珈琲さんでは、毎週木曜日と金曜日に数量限定の夜食を提供している。
昨日いただいたのは「野菜炒め定食」。
これが、実に美味い!!
何が美味いって、とにかく味が優しいのだ。
自分が同じ野菜炒めを作ったら、きっともっとエッジの効いた味になると思う。調味料をガツンと効かせて、いかにも「どうだ!美味いだろ!」みたいな味にしてしまう気がする(笑)。
ところが、銀豆珈琲で料理を担当しているじゅんちゃんの野菜炒めは違う。
最初に感じるのは、とにかく優しさ。
でも、ただ薄味というわけではない。
食べ進めていくと、後からスパイスの存在もしっかり感じられる。決してぼやけた味ではないのだ。
そして、脇を固める惣菜もいい。
煮物も美味い。味噌汁にも手を抜いていないことが伝わってくる。
一品一品が丁寧に作られている。
ものすごく簡単に言ってしまえば「家庭の味」ということになるのかもしれない。
でも、何か違うんだよなぁ……。
じゃあ、自分の実家の味なのか?
そういうわけでもない。
そもそも「家庭の味」なんて、家庭の数だけあるはずだ。
それをひとくくりにしてしまうのも、何だか違う気がする。
では、この優しさはどこから来るのだろう?
そんなことを考えながら食べていた。
じゅんちゃんという人
じゅんちゃんとは、普段からいろいろな話をする。
人生のこと、仕事のこと、過去のこと。
詳しいことはここでは書かないけれど、決して平坦な人生を歩んできた人ではないと思う。
いろいろな苦労も経験している。
でも、それを笑い飛ばしてしまう強さがある。
ただ、強いだけの人でもない。
それを象徴するような出来事があった。
メディアトーキングでは現在、「グラフォロジーサインストーリー」という事業を展開している。
書道家であり、筆跡診断を行う上野紫楓先生と一緒に取り組んでいる、人生や想いをサインという形にする事業だ。
私も上野先生に「山元将永」というサインをデザインしていただいた。
これが、実にかっこいい!!
さすが書道家が作るサインだ。
ところが、かっこいいのはいいのだが、書くのがなかなか難しい(笑)。
何度も何度も練習して、ようやくそれらしく書けるようになった。
もっとも、いまだに自分で納得できるほど上手くは書けないのだけれど……。
そんなある日のこと。
銀豆珈琲で開催した懇親会で、自分の紙コップにそのサインを書いていた。
すると、それを見ていたじゅんちゃんが、
「ちゃんと書けてるね!」
と言った。
そして、泣いているのである。
えっ???
どうした???
何があった???
聞けば、私がサインを書けるようになった姿を見て、思わず涙が出てきたのだという。
いやいや、俺は子供か!!(笑)
最初はそんなふうに思った。
でも、後から考えてみると、何となく分かるような気がした。
例えば、自分の子供が、それまでできなかったことをできるようになったとき。
親というのは、そんな何でもないような成長に胸がいっぱいになることがある。
じゅんちゃんの涙も、それに近いものだったのかもしれない。
もちろん、本当のところは本人にしか分からない。
でも、少なくとも私には、そこに深い愛情のようなものを感じた。
自分の子供でもない。
家族でもない。
ただの、ちょっと変わったおっさんである(笑)。
そんな人間が何かをできるようになったことを、自分のことのように喜んで涙を流せる。
これって、なかなかできることではないと思う。
人の喜びを、自分の喜びとして受け止められる。
そんなじゅんちゃんの心持ちに触れた出来事だった。
だから、あの味になるのかもしれない。
話を料理に戻そう。
じゅんちゃんの作る料理は、とにかく優しい。
料理の技術がどうとか、調味料の配合がどうとか、もちろんそういうこともあるのだろう。
でも、それだけでは説明できない何かがあるような気がする。
料理には、作る人の人生が出る。
そんな言い方をすると、ちょっと大袈裟かもしれない。
苦労をしてきたから優しい料理が作れる、なんて単純な話でもない。
でも、いろいろな経験をして、それでも人に対する愛情を失わず、誰かの小さな成長に涙を流せる。
そんな人が作る料理だからこそ、あの味になるのではないか。
私は勝手にそう思っている。
そして、もう一つ気づいたことがある。
新聞記者時代から数多くの飲食店を取材してきたが、自分が本当に気に入った店の料理を振り返ると、よく「優しい味」という表現を使っている。
美味い料理なんて、世の中にいくらでもある。
刺激的な味も好きだし、パンチの効いた料理も大好きだ。
でも、心に残る料理となると、どうも私は「優しい味」に惹かれるらしい。
なぜだろう?
もしかすると、自分が求めている味なのかもしれない。
私は仕事柄、とにかく多くの人と会う。
人と会って、話をして、また別の人と会う。
それが仕事でもあるし、何より好きでやっていることでもある。
そんな私を見て、時々こんなことを言う人がいる。
「山元さんって、チャラチャラしているように見えるけど、実はものすごく気を使っているよね」
チャラチャラは余計だろ!!(笑)
でも、そう言われて考えてみると、確かにそうなのかもしれない。
自分ではそんなに意識していないつもりでも、人と会う以上、相手のことを考える。
どうすれば楽しく話せるか。
どうすればその人の良さを引き出せるか。
誰と誰を繋げたら面白いことが起こるだろうか。
そんなことを、いつもどこかで考えている。
好きでやっていることだから苦痛ではない。
でも、知らず知らずのうちに気を張っている部分はあるのかもしれない。
そう考えると、じゅんちゃんの料理がなぜこんなにも心地よいのか、少し分かる気がした。
食べている間、何も考えなくていいのだ。
誰かに気を使う必要もない。
何か面白いことを考える必要もない。
ただ、美味いなぁ……と思いながら食べていればいい。
あの優しい味は、知らないうちに張っていた気持ちを、ふっとほぐしてくれるのかもしれない。
人は料理を食べているのか。それとも、その人の何かを味わっているのか。
もちろん、料理の味と作り手の人間性が必ず一致するわけではない。
それは分かっている。
でも、誰が作っているのか。
どんな人が、どんな想いで作っているのか。
それを知ることで、料理の味わいが変わることはあると思う。
私にとって、じゅんちゃんの野菜炒め定食は、まさにそんな料理だった。
単に美味しい定食を食べたというだけではない。
あのサインを見て泣いてくれたじゅんちゃんが、この料理を作っている。
そう思うと、何だか余計に美味しく感じるのである。
結局、私がいつもやっている「会う」「話す」ということも、こういうことなのかもしれない。
人を知ることで、それまで見えていなかったものが見えてくる。
料理一つとっても、その向こうに一人の人間の物語がある。
そして、その物語を知ることで、何でもない日常が少し豊かになる。
……なんて、野菜炒め定食を食べながら、ずいぶん大袈裟なことを考えてしまった(笑)。
でも、本当に美味かったんだよなぁ。
ということで。
来週の金曜日も、すでに予約してあります!(笑)
結局、理屈じゃないんです。
美味いものは、美味い!!
そして、じゅんちゃんの料理は、ほんとに優しい。
こんなに「優しさ」を感じる料理って、そうそうないと思う。
ごちそうさまでした!!
銀豆珈琲の夜食について
銀豆珈琲では、毎週木曜日・金曜日に数量限定で夜食を提供しています。
営業日: 木曜日・金曜日
営業時間: 10時30分〜20時 (他の曜日の通常営業時間は8時30分から18時)
夜食: 数量限定
予約: 数量限定のため、事前予約がおすすめです。
※営業時間は店舗の営業時間です。夜食の提供時間やメニューなどは、お店にご確認ください。
