玉本潤一「社長物語」
一般社団法人日本景在会 代表理事、玉本潤一
玉本潤一「社長物語」 覚醒を求め続ける経営者 一般社団法人日本景在会 代表理事、玉本潤一
玉本潤一
関西学院大学商学部卒業後、コニカミノルタに入社し、27歳から約9年間、ドイツ・ベルギーを拠点に欧州全域の経営企画・組織変革に携わった。約2,000名規模の組織改革プロジェクトに関与するなど、グローバルな経営の最前線で経験を積む。
帰国後は、売上1兆円規模事業の中核に関わり、複数子会社の経営管理を担うなど、企業経営の中枢に携わる。40歳で独立後は、経営コンサルタントおよびエグゼクティブコーチとして活動し、多くの経営者の意思決定や組織変革を支援してきた。
しかし、そのキャリアの延長線上に今があるわけではない。
彼はある時、自身の役割が「支援する側」ではなく、
「体現する側」にあることに気づく。
言葉で導くのではなく、自らが生き様を示す。
思想を語るのではなく、身体を通して証明する。
その選択の先にあったのが、2022年に設立した日本景在会である。
日本の文化・歴史・精神を土台に、「精神と経済の両輪」で経営者同士が高め合う場をつくる。その挑戦は今も拡大を続けている。
ここまでを見れば、彼は一貫して「経営」と「組織」に向き合ってきた人物に見えるかもしれない。
だが、その歩みの奥には、まったく別の原点がある。
気弱で病弱だった少年時代。
喘息と向き合う中で体感した「意識が身体を変える」という感覚。
水泳、アメフト、そしてキックボクシングを通して積み重ねてきた、精神とフィジカルの一致。
そして何より、
「もっとできる」「まだ覚醒していない」と自らを追い込み続ける、内側の衝動。
なぜ彼は「覚悟」という言葉に強く反応するのか。
なぜ彼は、精神だけでも現実だけでもなく、その両方を重んじるのか。
なぜ彼は今、日本の精神を軸にした経済団体を自らの手で築こうとしているのか。
その答えは、経歴の中ではなく、彼自身の内側にある。
ここからは、
玉本潤一という人物の核に迫る「社長物語」をお届けする。
第一章 まだ覚醒していない
彼は、自分のことを完成した人物だと全く思っていない。
むしろ逆だ。
「まだできる。もっとできる。まだ覚醒していない」
周囲から見れば、すでに多くのことを成している経営者かもしれない。経済団体を立ち上げ、多くの経営者をまとめ、思想を掲げて行動している。しかし彼自身の内側には、常に一つの感覚がある。
「まだ足りない」
「もっと狂った状態で仕事ができるはずなんです」
そう語る彼の言葉には、常人とは違う温度がある。狂気という言葉を、彼は否定的な意味では使わない。それは、命を燃やして何かに没入する状態を指す。彼はそれを「ゾーンに入る感覚」と話す。覚醒したような集中。時間を忘れる没頭。
彼はその状態を、人生の中で何度も体験してきた。そして、その世界にもっと深く入りたいと願っている。
だが、その感覚の原点は、意外にも「弱さ」にあった。
第二章 気弱で病弱だった少年
幼い頃の彼は、決して目立つ子どもではなかった。気弱で、病弱。
喘息持ちで体も小さい。活発なリーダータイプの子どもたちを、少し離れたところから見ているような存在だった。クラスには必ず、目立つグループの中心にいる子がいた。運動神経が良く、人気があり、自然と周囲を引っ張るような存在だ。
彼は、その子をよく見ていた。憧れでもあり、劣等感でもあった。
「ああいうふうになりたい」
そう思いながらも、自分は違う。そう感じていた。彼は子どもの頃から水泳を続けていた。決して好きだったわけではない。それでも七年間続けた。嫌でも続ける。その経験が、彼の忍耐力の原点になった。「いつも優しい穏やかな子なのに、飛び込み台に立つと、目の色が変わるね」
母親から言われたこともあった。静かな少年の中に、どこか闘争心のようなものが潜んでいた。
第三章 精神は現実を変える
彼は体が弱かった・・喘息を抱えていた。呼吸が苦しくなる。
身体も小さく、体力も強くない。だがその苦しさの中で、彼はある感覚を知る。
「意識の持ち方で、身体が変わる」
呼吸を整える。
落ち着く。
耐えると決める。すると、本当に身体の状態が変わる瞬間があった。それは理屈ではない。体で感じた感覚だった。
世の中では、精神論という言葉が軽く扱われることがある。
だが彼にとってそれは、空論ではない。体験だった。しかし同時に、彼はもう一つの事実も知っていた。意識だけでは何も変わらない。身体を動かさなければならない。だから彼は泳いだ。七年間、水泳を続けた。決して好きだったわけではない。だが続けた。
「忍耐」
この経験が、彼の身体の土台を作った。精神だけでもない。身体だけでもない。その両方が必要だった。
第四章 狂気という言葉
大学生の頃、彼はある人物に強く惹かれる。
吉田松陰。
書物を通して出会ったその人物の生き方は、彼の心に深く刺さった。松陰の行動は常識から見れば理解しがたいものだった。
命を懸けて思想を貫き、常識を越えて行動する。その姿は、時に「狂気」とさえ呼ばれる。
だが彼は、その狂気に強く反応した。
「狂い咲き」
「死に物狂い」
そういう言葉に、なぜか自分の魂が反応する。
なぜなのか。
それは彼自身が知っていたからだ。極限まで集中したとき、人は別の状態に入る。スポーツの試合の中で、彼は何度も体験してきた。時間が消える。
思考が研ぎ澄まされる。
身体が自然に動く。
「ゾーン」
彼にとって、狂気とは暴走ではない。極限の集中状態。そしてその状態に入るためには、あるものが必要だった。
「覚悟」
安全圏にいる人間は、その領域に入れない。負けてもいい。
失敗してもいい。そう思っている限り、人は限界を超えられない。だが、覚悟を決めたとき、人は変わる。逃げないと決める。
やり切ると決める。その瞬間、精神と身体が一点に集中する。それがゾーンであり、彼にとっての狂気だった。
第五章 覚醒の感覚
彼は、その感覚を人生の中で何度も体験してきた。
アメリカンフットボールの試合。
キックボクシングのリング。
滝行の中。極限の環境の中で、人は自分の限界と向き合う。そこで逃げずに立ち続けたとき、
ある瞬間が訪れる。集中が極まり、
恐れが消え、
身体が自然に動く。
「覚醒」
彼はその感覚を知っている。だからこそ、普通の成功では満足できない。
もっと深く入りたい。
もっと集中したい。彼が言う「狂った状態で仕事をする」という言葉は、
実はこの覚醒の状態を指している。それは決して破滅ではない。むしろ、人間の能力が最も発揮される状態だ。
第六章 精神と身体の統合
社会人になった後も、彼は身体を鍛え続けている。キックボクシング。
エグゼクティブファイト武士道のリングに上がり続ける。殴り合う。それは暴力ではない。
覚悟試しだ。
試合では、仲間たちが観に来る。三十人が見守る中で戦う。
彼はその姿を見せる。リングは最高の魂の表現の場だ。
なぜそこまで身体を使うのか。理由ははっきりしている。精神だけでは人は動かない。身体を通した行動こそが、周囲を動かす。だから彼は闘う。仲間に火をつけるために。
第七章 修行ではなく祈り
ある年の冬、彼は滝行に参加した。雪の中、ふんどし一丁で滝に打たれる。極限の寒さ。身体が震える。だが彼はそこで祈り始める。世界が平和でありますように。
ここまで生かしてくれた人々に感謝します。すると突然、寒さが消えた。身体が温かくなる。その瞬間、彼は理解する。精神は現実を変える。しかしその精神は、身体を通してこそ現れる。
「精神」と「身体」
「意識」と「現実」
その両方がそろった時、人は覚醒する。
第八章 武士道という生き方
彼が惹かれるのは、武士道という言葉だ。武士道とは知識ではない。 生き方である。覚悟を持って生きること。逃げないこと。己を鍛え続けること。そして、命を燃やして何かに挑むこと。吉田松陰の生き方が、彼の中で響いた理由もそこにある。狂気のように見える行動の裏には、 必ず覚悟がある。覚悟のない狂気はただの暴走だ。だが覚悟のある狂気は、 歴史を動かす。彼はそう信じている。
第九章 思想としての経営
彼の経営思想の根底には、この経験がある。精神だけでもない。
現実だけでもない。
「意識と行動」
「精神とフィジカル」
両輪で進まなければ、人は変わらない。だから彼は言う。人生を爆発させてほしい。ただ考えるだけではなく、ただ働くだけでもなく、命懸けで生きること。その生き様こそが、人を動かす。
第十章 覚醒を求め続ける経営者
彼は今も、自分を完成した人物だとは思っていない。むしろ逆だ。
「まだ覚醒していない」
彼はそう言う。もっとできる。まだできる。自分の限界は、まだ先にある。その覚醒を求めて、彼は戦い続ける。
リングに上がる。身体を鍛える。精神を研ぎ澄ます。そして経営者として、組織を作る。彼にとって経営とは、
ただ会社を大きくすることではない。人の魂に火をつけること。人生を命懸けで生きる仲間の輪が広がること。
その器として生まれたのが、日本景在会である。
第十一章 覚醒へ
彼のビジョンは明確だ。日本景在会を10000人の団体にする。日本を代表する経済団体にする。そして、日本精神を世界へ広げる。だが彼は、まだ満足していない。まだ覚醒していない。彼は自分に言い続ける。
「もっとできる」
そして未来の自分に、こう言葉を残している。
「さらに覚醒せよ」
彼の物語は、まだ終わっていない。
むしろ、ここからが本当の始まりなのかもしれない。
